ネギ無しネギマとネギだけネギマ


「よぅし、これで全部っと」
最後のカカシを立て終え、フォルテが伸びをする。
彼女の心は既に、帰りに寄る焼き鳥屋に向いていた。
フォルテとヴァニラの今日の任務はとある農業惑星で、作物を食い荒らす宇宙カラスよけの宇宙カカシを設置することだった。
…毎年の事ではあるが、あまり軍の仕事とは言えない。

「…ですが、一つ問題が生じました…」
ヴァニラの指さす先を見ると、巨大な黒い鳥がノーマッドを捕まえて空高く舞い上がった所だった。
ノーマッドがなにか必死に叫んでいるようだが、もう聞こえない。
「げ、宇宙カラスってあんなにデカかったっけ」
「いえ、あの個体は標準的サイズを大幅に越えているようです…」
「で、どーするよ。あたしとしてはあんな面倒くさそうなのとあんまり対決したくないっつーか、ほっといても致し方なしっつーか」
「………」
「た、助けないなんて言ってないだろ、ただもう見えなくなっちまったし、また後からでも来よう、な?大丈夫だって機械なんだから」
「………」
「いや悪ぃ機械っつーか、その、あいつ結構丈夫だし、撃っても投げても食べちゃっても兵器…じゃなかった平気だし」
「………」
「何だぃ、その目は」
「………」
「だぁあっ!分かったよ助けに行きゃあいいんだろ今すぐ行きゃあいいんだろったくよぉ!!くそぉ、こうなったらさっさとあのカラス撃ち落として…」
視線に押され、フォルテは渋々歩きだした…宇宙カラスの飛び去った方向へ。

3時間後。二人はあてどもなく森の中をさまよっていた。
「なぁ、一度引き揚げないか?日が暮れて来ちまったし、こういつまで経っても見つからないんじゃ、キリないだろ。また明日にでも…」
「……フォルテさんは、帰還して結構です。」
「え?」
「…本日の任務は、終了しましたので。…帰還して結構です…」
聞き返したフォルテに、前を歩いたまま振り向かずに、ヴァニラは答えた。
「…あぁ分かったよ!あたしゃ帰るからな、じゃあな!」
フォルテは一人でその場から立ち去った。





『それでヴァニラ置いて来ちゃったってわけですか!?』
来たかったはずの焼き鳥屋。フォルテの胸元に光るクロノクリスタルから流れてくる蘭花の声は、心なしか非難の色を帯びている。
「…しょーがねぇだろ、あいつが一人でいいって言ったんだ、無理に手伝うわけにもいかんだろ…」
『そんなこと言ったって、ヴァニラは戦えるようなもの何も持ってないんでしょ?そのカラスに襲われちゃったらどーすんですか!?』
「…あいつの事だ、なんとかするだろ」
『……フォルテさん、なんからしくないですよ』
「…気のせいだろ」
『いいえ、アタシには分かるんです。フォルテさん、あの子だって本当は…その…』
妙に自信を持って断言する蘭花のセリフが途切れた。
「本当は…何だよ」
『…ヴァニラ…今朝出発する前に言ってました……』

 「あれ、ヴァニラ今日任務だっけ」
 「はい…フォルテさんと、農業惑星の支援に行ってきます」
 「なんか体力勝負な仕事そうね、大丈夫?アタシ今日オフだけどかわろっか?」
 「いえ、大丈夫です…足手まといにならないよう…精一杯頑張ります。
 ……フォルテさんと組むことは、なかなかないので…」


『とにかく、今からでも行ってあげて下さい!』
「あ、あぁ。わかったよ…」

(本当にあいつがそんな事を…?)
食べかけの焼き鳥を置いたまま、お会計…と叫ぶおっちゃんを無視して店を出たものの、フォルテは蘭花が教えたヴァニラの言葉がいまいち信じられなかった。
カカシを立てながらフォルテが何を話し掛けても、ほとんどはいしか言わなかったヴァニラ。そして、
「…帰還して結構です…」
無表情な声。
「くそぉ、分かる訳ないだろ、あいつの考えてることなんて、いつも、いつも…」
そう呟きながらも、フォルテはいつしか走り出していた。森の中はもう暗い。時おり無気味に響くのは、宇宙カラスの声だろうか…
声はどんどん近く、大きくなる。
「間違いない、ノーマッドを持ってったヤツの声だ…やけに興奮してやがるな」
不安が走り、フォルテはいつでも撃てるよう銃を用意してスピードをあげた。
(頼むヴァニラ、無事でいてくれ…!!)





そして。フォルテが見たのは…
「ヴァニラ!!」
ノーマッドを抱え、子を守る母のように体を丸め込むヴァニラの背中すれすれを、宇宙カラスの鋭い爪がかすめてゆく。必死でかわすヴァニラ。
「ヴァニラ待ってろ、今…」
走り寄るフォルテの耳に、ヴァニラの声が届く。
「…こちらに来ては、…いけませんっ…」
「何…っ」
「フォルテさん、……危ないですっ…来ては、いけません……」

どうして助けを呼ばない?
どうしていつでも一人で解決しようとするんだ!
あたしは あたしはいつだって…
「伏せろヴァニラ!!」

ドン ドンドンッ

静寂に満たされた森の中で。ヴァニラが顔をあげたとき、フォルテの厳しい声が飛んだ。
「お前はどうしてそんな無茶をするんだい!武器も持たずに宇宙カラスと戦おうなんて…あたしが来なかったらどうなっていたか!」
ふぅっと、息を吐く。
「でもまぁ確かに…今回は、置いて行ったあたしも悪かったよ…何にせよ、無事でよかった。さ、ケガがないなら帰るぞ」
背を向けたフォルテに、ヴァニラが呟く。
「……不思議、です…」
「何がだい?」
「叱られているのに、なんだか暖かい気持ちです…変、ですね…でも…
 蘭花さんや、みなさんのように……叱られるというのも、よいものなのかもしれません…」
フォルテが振り向いた瞬間、ヴァニラは少し、微笑んでいたように見えた…
「ヴァニラ…そうだ、焼き鳥は好きか?」
「?…あまり、食べたことはありませんが…」
「こっちの方に来たときには必ず寄る店があるんだ。あんたは初めてだったろ?」
「はい……ご一緒させて、頂きます…」

エンジェルルーム。
「へぇ、アンタもフォルテさんにあの店、連れてってもらったんだ」
「はい…おいしゅうございました」
「ほんっと美味しいわよね、あそこの焼き鳥。ヴァニラは何が気に入ったの?」
「…ネギ」
「へ?」
「フォルテさんと一緒にネギマを頼んで…私は、ネギを頂きました…」
(そういえばこのコ、ベジタリアンなんだっけ…まぁ、それはそれで仲むつまじ…くくく…)
一本のネギマをこじんまりと分け合うフォルテとヴァニラを想像して、蘭花はこみ上げる笑いを押さえ切れなかった。
「…く、くく…へぇ、そ、それは、よかったじゃない」
「はい、…おいしゅうございました…」
そうして、この後ネギマを食べるときには、みんな必ずネギを外してヴァニラにあげるようになったのだった。


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