静岡産でたらめ鍋理科室風


とある日の夕方。任務から帰還し、報告も終えたエンジェル隊のメンバーたちは、その拠点となっているエンジェルルームで思い思いにくつろいでいた。
「あ、新作のバッグ!欲しいなコレ。ン、でもこっちの方が…」
ファッション誌のチェックに余念がない蘭花。
「お前さん見たかい?さっき廊下で中佐が………を……て………たんだ…」
「まぁ、そんなことが…中佐どうなさったんでしょう」
上官の噂話に花を咲かせるフォルテとミント。
『まったく、ヴァニラさんが気づくまで誰も気づかないんですから…揃いも揃って見過ごしていたなんて…』
「……」
今日の任務を振り返るノーマッドを腕に抱えて、特に何をするということもなくソファに座っているヴァニラ。
「それで、中佐はそれからどうなさいましたの?」
「あぁ、その時たまたまミルフィーユが通りかかって…」
な?という風に振り返ったフォルテ。だが、視線の先に人影はなかった。
「あれ?ミルフィーユのやつ、まだ戻ってきてないのか?」
「本当ですわね。どちらへ行かれたんでしょう」
ミントも振り返り、室内を見渡してみる。さして広くない室内に、いない事は分かる。
「どーせまた部屋でお菓子でも作ってんじゃないのぉ?」
ファッション誌から視線を外すことなく、蘭花が言う。しかし、それが間違いだった。
「いいえ、お部屋にはおりませんわ。ランプが点いていませんもの。」
「じゃあトイレにでも行ってるのよ。」
「お手洗いにも、ランプは点いておりませんわ。」
見ればすぐに分かることを二度までも指摘され、
「あっそ。」
短く答えて本をパタンと閉じる。足を組みなおし、いささかムッとしてミントに向き直る。
「で?何でミルフィーを探してんの?」
「ウォルコット中佐が……の………を……った時の事を聞きたいんですの」
「え、何それ。アタシ知らない!」
蘭花が話に興味を示したため、フォルテが再び事の顛末を語りだし、ミルフィーユのことは一時忘れられた格好となった。





『まったくみなさんときたら、中佐が………を……のがそんなに面白いんですか?』
「……人の噂も八十八夜、野にも山にも若葉が茂る」
しかし、そんな二人のやり取りは、すっかり盛り上がっている三人の耳には届かなかった。
「えぇっ!?大丈夫なのかしらあの中佐。いくらなんでもそんなに……の………を……たなんて」
「あぁ…あたしもさすがに驚いたよ」
「ねぇフォルテさん、それから中佐と………はどうなっちゃったんですか?」
「残念だけど、あたしもそこから先は知らないんだ。急いでたもんで、ミルフィーユにお任せしちまったんだよ」
「そ、それではもしや、ミルフィーユさんはそのまま中佐と?」
「…そうね、あの子ならやりかねないわ。…ちょっと呼んでみましょ」
「ええ。お願いしますわ」
蘭花が通信機を指でつついた。どういう仕組みなのかは知らないが、これで起動するようになっている。
「もしもしミルフィー?返事しなさーい」
「返答、ありませんわね」
ミントが不安そうな声を出す。
「切ってる時ぐらいあるだろ?そろそろ夕飯作りに戻ってくるって」
「そうね。もしかしたら買い物にでも行ってるのかも」

しかしその夜、とうとうミルフィーユは帰ってこなかったのである…





「あ?何だこれ。まぁいい、入れちまおう!…何かやな匂いになってきたけど」
「あの…フォルテさん?ミルフィーユさんが戻ってこられたらきっとお怒り…むしろ、悲しみますわよ」
「メシの時間まで帰ってこないあいつが悪い!」
「そーよミント、男の料理はこれ位ワイルドなもんよ?ねぇフォルテさん」
フォルテは銃を抜かず、実ににこやかに微笑んだ。
「なーぁ蘭花、ちょっとこれ味見してくれよ」
「!い、いやぁあたしは、その、猫舌だから」
『タイ風激辛チップスチリタコス味を紋章機のコクピットに常備している人のどこが猫舌なん…』
最後まで言い終わることなく、蘭花がノーマッドをひっつかんで大鍋にぶち込んだ。
「おおちょうど良かった。ノーマッド、どんなもんだ?もうちょっと塩入れるか?」
『そんなこと言われても私はごぽごぽ味はぶくぶくわからなぼこぼこていうかでろでろヴァニラさぬちゃぬちゃ助けてべでべで』
「あー?何言ってんだか、わかんねー、よ!」
ざさっ
「フォルテさんそれ塩じゃなくてミョウバンですよ?…漬物用?」
「…砂糖ならともかく、どうやったら間違えるんですの?」
「次は…醤油か。ぅわ何だ、じゃがいもがムラサキに…」
「それはヨウ素液ですわ、フォルテさん」
「みりんも入れとこーか。ん、何か鍋の中身が赤っぽくなったぞ?」
「だからそれみりんじゃなくてフェノールフタレイン溶液…」
「コショウコショウ…っと、おーあったあった」
「二酸化マンガン…なんでこんなとこに」
「…食べ物を粗末にすると、ふえるワカメが増えなくなります…」
「そ、それは困りますわ、じゃなくって、もう食べ物ですらありませんわ」
「ぅお、なんかヤな煙が…」
「フォルテさん蓋です、フタ!」
『や、やめて下さい蓋をするならぷしゅぷしゅ私をべとべと出してぶよぶよ』
かぽん
「ふぅ、これで何とか…ぉをッ!?」
突発的水蒸気爆発によってフタは垂直に吹き飛び、天井に当たって蘭花の頭にクリーンヒット。
っがーん
「ぐはッ!…ちょっと何するんですかフォルテさん!」
「今のどこがあたしのせいなんだい!大体フタしろっつったのお前だろーが!」
「やるんですか!?」
「上等じゃねーか!!」
「あの、お二人とも喧嘩してる場合じゃ…」
鍋の中身はいまや言葉の範疇を超えた色になり、発泡性と奇妙なとろみをもって湧き上がってきている…その時。





「みなさーん、遅くなりましたー」
「み…みるふぃー…ゆ」
「?皆さんキッチンで何してるんですか?それに、この匂いは??」
ミルフィーユは純粋に不思議そうな顔をしながら、地獄絵巻ひろがるキッチンへと歩いてくる。
「ま、まずいですわ」
「あ、ミントきたねーぞ一人だけ…」
てゅるっ
一人でその場から逃げ去ろうとしたミントが、床にこぼれていた例の鍋の中身に足を滑らせてバランスを崩し、とっさに手をついて支えた…ガスコンロのスイッチに。
かちっ
火が消えたコンロの上で、鍋の中身のうねりがゆっくりと静まる。少し赤味の増したノーマッドの片耳が現れた。
「あ、そうか、…火を消せばよかったんだ」
「ミルフィーユの強運のたまものだな…」
当面の危機は去った。しかし、あやまちの爪跡が消えてくれたわけではない。
「ミントさん、大丈夫ですか?」
ミルフィーユはミントに駆け寄ろうとして鍋の中身を目撃してしまった。きょとんと立ち止まり、鍋の中をじっと覗き込む。絶体絶命。そしてついに、フォルテが開き直った。
「…ぉ前のせいだぞミルフィーユ、こんなもんが爆誕した原因は!」
蘭花もそれに続く。
「責任持って全部食べなさいよね、分かった!?」
「で、でもあたし…」
ミルフィーユは途端にひどく困った顔になった。しかし、蘭花は容赦しない。
「何なのよ!?」
「あたし、この前中佐の代わりに出したハガキが宇宙そうめん一年分に当たっちゃって、運ぶの手伝ったんですけど、でも中佐一人じゃそんなに食べきれないから、宇宙そうめんのおいしい食べ方を二人で考えながら作ってみてたんです。だから今はお腹いっぱいで…あ、中佐のお部屋に行けば、まだあると思いますよ。宇宙そうめん」
「……それで中佐は宇宙そうめんをそんなに大量に運んでたのね…」
「ありゃぁ一年分どころか、ざっと十年分はあったからなぁ…」
「それでは、中佐と一緒に宇宙そうめんで夕食と致しましょうか…」
「…そぉね」
「……行くとするか」

「よかったぁ。中佐困ってたもんね。……あれ、ヴァニラさん行かないんですか?」
「……あれに見えるは茶摘みじゃないか、茜だすきにスゲの笠。」


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